大船渡高校国保監督の采配は無能と批判!温存の理由と判断に英断の声も

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甲子園出場をかけて行われた、岩手大会の決勝で大船渡高校注目の佐々木朗希投手登板せず、試合は2-12と花巻東高校の圧勝で終わりました。

佐々木朗希投手を温存した大船渡高校の野球部国保監督の采配をめぐり、
無能と批判の声と英断と評価する声と賛否両論別れています。

今回は、

佐々木朗希投手を登板させなかった判断は無能なのか?英断なのか?

アンケートをとってみました。

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大船渡高校野球部の国保陽平監督が佐々木朗希投手を登板させなかった理由

2019年7月25日に行われた第101回全国高等学校野球選手権大会の岩手大会の決勝で岩手県立大船渡高校が、花巻東高校と対戦。

しかし、大船渡高校注目の佐々木朗希投手登板せず、試合は12-2と花巻東高校の圧勝で終わりました。

試合後、大船渡高校野球部の国保陽平監督(32)は佐々木朗希投手を温存したことについて

「故障を防ぐため。筋肉の張りとかそういう程度です。特に痛いとかはなかった」

「(判断材料は)球数、登板間隔、気温です。きょうは暑いですし。特に悩みはなかった」

国保監督が登板回避を伝えると、佐々木本人は笑顔で「分かりました」と言ったそうです。

大船渡高校の国保監督の采配に無能と批判の声が

大船渡高校は甲子園出場をかけた岩手県大会の決勝で、大敗してしまいました。

この決勝戦では国保監督が佐々木選手を温存して出場させませんでした。

大船渡高校の国保監督に対して多くの批判が殺到しています。

最善策どころか次善策も取らなかったのはどういうことか。決勝に今大会初登板の投手を送り込み打たれても降板させなかっったのは疑問です。佐々木投手を連投させなかった上にベンチスタートさせたこと等、勝利至上主義ではないことには評価は分かれます。しかし決勝で勝つ意欲を見せない采配はどうかしているのではと思われてもしょうがないでしょう。少なくともここまで勝ち上がってきたのですから勝利を捨てているようにうつる結果を残してしまうのは指導者として失格でしょう。

この試合を見るにいろいろな立場の方がおられると思います。花巻東にすれば、最高のピッチャーが出てこなかったことは、ラッキーであったと思うか、屈辱と考えるかの二つの考え方があると思います。もし、相手チームに失礼と思われる采配をしたならば、無能な監督であったと思います。もし、佐々木投手を出せば、勝てたと考えていたうえでの登板回避であれば、英断といえるでしょう。無能と英断は、紙一重であると言えます。

あくまでも個人的な意見だが「投げさせてやれよ~最後なんだからさ~」と正直思ってしまった。選手のカラダを大切に思う気持ちは理解できるが、このチームは間違いなく佐々木くんのチームだった。相手チームも勝ち負け問わず対戦したかったと思う。せっかくマスコミも注目して報道してくれていたのにこの結末はあまりにも虚しい。未来を輝かせるのもよいが、未来より確かな今を感じさせてあげることも指導者、そして大人のつとめだと思う。

とても難しい采配だったと思います。甲子園出場という目標と佐々木投手の将来を天秤にかけなければいけなかったため、どちらを選ぶかは難しかったと思います。連投させてベストメンバーで甲子園を目指すのか、将来を考えて投げさせないのか。どちらを選択しても批判が上がったでしょう。個人的な意見としては、投げられない状況ではなかったのであれば、登板させてベストメンバーで臨んでほしかったです。この夏を野球人生の集大成と位置づけプレーしていた選手がきっといるはずなので。

佐々木投手自身がどう思っていたのかが一番気になる。ずっとベンチに座り、決勝の試合で何もできないことについて納得していたのか。監督に言われれば従わざるを得ない状況だろうと察する。佐々木投手の代わりに登板した選手もフォアボールも多く、見ていてかわいそうであった。初登板の選手もおり、やはり相手チームに対しても失礼な気がした。見ていて応援できなかった。不服な試合であった。

佐々木投手を登板させなかったのは国保監督の采配ミスであったと考える。決勝に進むにつれてやはり強いチームが勝ち進んでくるわけでその中でエースを温存しながらどうやって勝ちすすむかを考えていくことが監督には必要だったのではないかと考える。それか、決勝はピンチの際に登板させるなどの準備を行ってもらいエースに最後しめてもらうでも良かったのではないかと思った。

今どきの高校野球は、中日の松坂選手やヤンキースの田中選手の時と違って、将来ある選手を酷使して怪我をさせない傾向が強すぎると思います。もちろん、酷使して怪我をしてしまっては、その選手の野球人生はそこで終わってしまう可能性もあるわけですから慎重にしなければならないのは言うまでもありません。ただ、医師の診断を参考にしながら、選手本人の意見を尊重するような方法が取れないものかと思います。佐々木投手だって、甲子園に行きたかっただろうし、チームメイトだって、行きたかったはずです。佐々木投手は、能力がずば抜けていますから、この先の野球人生、あらゆる道が用意されていますが、チームメイトの中には甲子園に出場することで、野球人生の選択肢が広がる選手だっているはずです。佐々木投手が甲子園のつわもの達を相手にどのようなピッチングをするか楽しみだっただけに、残念です。

佐々木投手が登板せずに敗れたことは、残念でした。高校野球はチームスポーツなので、敗れたチームのメンバーがどう考えているか興味があります。高校3年生で最後の大会となるメンバーは、甲子園にとても行きたかったと思います。であるならば、チームの最強の投手に登板してほしかったはずです。このような戦いをしていては、甲子園に行ける強豪でも行けなくなるので、この先も行けなくなるでしょう。残念に思う結果でした。

大船渡高校の国保監督の采配に英断と絶賛の声が

かたや、国保監督の采配に英断だ!と絶賛する声も上がっています。

甲子園出場がかかる決勝戦でチームで1番勝てる可能性がある投手を誰が見ても明らかに故障していて投げられない状況ならともかく、あくまで推測の範囲ですが佐々木投手のコメントを聞く限りでは投げようと思えば投げられる状態にあったと思いますし、そういう状況の中で無理をさせなかったのは大英断だったと思います。国保監督自身も勝てば賞賛されていても負ければ世間が大騒ぎする今のような状況になる事は容易に想像がついていたと思いますし、そういうものも覚悟・見越しての事だと思いますし本当によく決断したと思いました。

佐々木投手の生い立ちのようなものをテレビでやっていました。東日本震災での出来事、有名私立高校からの誘い、甲子園にいかなくてもスカウト人はその実力を認めているので、消耗品の肩は使ってほしくない。いろいろな考えが交差していたと思いますが、監督が決めたこと、監督だって佐々木投手を出さなければ、自分が槍玉にあげられることは百も承知だったので、それだけ腹をくくって決めたことだと思います。

決勝での佐々木選手を見たかった気持ちもありましたが、英断だったと思います。実際に佐々木選手を見にきていた、プロの野球チームの方々など多くの方々が来ていましたし、佐々木選手には今後の期待があります。なのでそのためにはここで怪我をさせてはいけない、という監督さんの考えがあり、笹木選手の今後の活躍をこめて登板させなかったと思いました。

まず英断や無能という言葉で表す事自体が無意味で馬鹿らしいですね。 しかし選手の体を気遣うことは監督として当たり前だと思うのです。 問題なのは批判している人の思考で、一人のエースピッチャーだけが投げ続けるという異常な事をやるのが当たり前と思っていること。そして他の選手のことも考えていないという昭和のスポ根思想なのが恐ろしいです。 監督は勝つためにどうするのか以外にも、選手の体を壊さないことも重要な役割なので、登板させなかったことは何も問題はありません。

これからの将来を見据えてプロとしてやっていくことを考えて監督がそう判断したのなら素晴らしいと思う。チームメイトとすれば甲子園に行きたかっただろうから監督がすべての責任はあったと思います。そういうことをすべて考えての判断だったのかなと思います。批判はいろいろあるかと思いますかこれからの日本を背負うピッチャーとしての将来性を佐々木選手も今回のことをバネにしてプロ人生を頑張って欲しいと思います。

国保監督さんは、やはり佐々木投手を一番理解した上で登板させてなかったと思いますので英断だと思います。もしあの試合で肩を壊してしまったら益々国保監督は、批判されるでしょう。今後、日本を背負って立つ佐々木投手ですので大事にしたいという国保監督の親心が垣間見えました。今後こういった監督さんのもとで野球がしたいという生徒も出てくると思いますので英断だと思います。

選手・監督含めてチームに関する人は勝つために全力を尽くしているはずです。更に佐々木投手のように将来を嘱望されている選手を預かる監督であれば、現在だけでなく、将来のことも考えて試合をしてきたと思います。そのようなことを考えると国保監督は最善の策を講じていたと思います。なので、自分は無能だとは思いません。

高校生は誰しも、甲子園を目指して頑張ってきているので、佐々木投手は投げたかったと思いますが、監督からすれば、甲子園がゴールではなく、プロ野球、社会人野球、就職などいろいろな人生がまっています。それを考えた時、肩に違和感を覚えた子供を、何も考えずに投げさせる訳がありません。佐々木投手の未来を考えた、英断だと思います。

監督を無能と言っている人もいるが、監督もこの試合は勝ちたかったはず。甲子園出場が決まる試合なのだから。でもその思いを抑え、選手の身体のことを思ってのこの判断は英断だと思う。試合の日をあけるなど投げれる環境を作ることはできないのか?監督を批判するばかりではなく選手がベストな状態で投げられる環境を作ることが大切だと思う。

私は選手の未来も考えた上での英断だったと思います。監督も佐々木投手を出して勝ちたいという気持ちは絶対にあったと思います。それでも選手のことを考えて出さないという判断をした監督は良い監督だと感じます。投げていても将来に響く事はなかったかも知れません。でも、それはあくまで結果論です。監督の判断を批判して良いことではないと思います。

色々と批判があるようですが、佐々木投手の5年後・10年後の事を思えば凄い英断だと思います。佐々木投手は大谷選手に勝るとも劣らない才能の持ち主だと思います。神様ではないので、確実な事はいえませんが、逸材である事は間違いないと思います。立場が違う方からすると色々と批判があると思いますが、佐々木投手の事・野球界をかんがえた素晴らしい英断だと考えます。

感情の面では「無能」と言いたいですが、未来の球界の宝と言われている選手の将来を預かっている監督の気持ちは納得できます。後々「あの決勝で無理をさせていなければ」等と言われた日には、今よりもダメージが大きいです。国保監督は心のある人だと思います。非難を覚悟で、この判断をされたと思うので、これはこれで評価しなければならないと思います。

決勝戦まで負けずに勝ち抜いてきた監督の采配ならば英断と思います。最終的な判断は現場の責任者で決定を行うべき。現場が分からない人間が批判をするのは良くない。長い目で見た場合、佐々木投手は国民栄誉賞受賞も可能なレベルの高いパフォーマンスを発揮できる逸材であるのは間違いありません。チャンスよりもリスク回避を選択するのはかなり勇気のいることであるが甲子園だけが全てではない。批判しているのは、単に良い試合を見れないのが面白くないから批判している人も多いですし、並みのスーパー高校生レベルの選手の場合ではない佐々木投手は、苦戦が予想される花巻東高校戦で想像以上に身体を酷使する可能性がある。そもそもであるが、出してプラスの結果が出るのであれば出しているのは間違いない。出せないだけの監督なりの理由があるんだと思います。

監督の英断でこれからの高校野球の流れを変えると思います。佐々木君がプロ野球選手になるかはわかりませんがこの英断が佐々木君には必ずプラスになるはずです。すべての高校野球にいえることですが、高校野球を終えてからの人生の方が長いのです。高校野球は教育の一つであることを忘れてはいけないと思います。佐々木君の今後の活躍を期待しています。

2回戦で19球、3回戦93球、4回戦194球、準決勝129球で365球も投げ、肘に違和感があっては、パンクしてしまうリスクが大きかったので、監督の英断でした。かつて甲子園の優勝投手で酷使によって将来性を潰された投手も多く、まして大船渡のような佐々木のワンマンチームでは、県大会優勝という目的の為に酷使されるのが目に見えていたので、プロ野球のスカウトの本音では、彼の将来性の為には、早く負けてくれて良かったと思っている筈です。

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